2000年6月7日更新

 

昭和17年6月、「馬酔木」を去り、同月27日吉田安嬉子と結婚。
「『三十而立』私は自分の青春と馬酔木から訣別した」。
波郷30歳。まだ病を知らぬ身体であった。
 

 

 

岩波書店


 
 
 
 
 
 
 
 

 

 
 
 

 

 


たけのこ

田村能章

句友と筍堀りに。天気はまさしく「筍流し」(筍の生える頃の雨気を含んだ風)
足ごしらえも勇ましく竹林に入ったが肝心の竹の子が見付けられない。
そこへ竹林の主(あるじ)登場。指差すところ竹落葉をもち上げていたのが頭と判る。山側に筍鍬を打込みぐいっと起こすが竹の根に弾かれたりで傷をつけずに掘出すのが難しい。
「きのう猿を見たからこの辺も旬(しゅん)だね。」
猿は竹の子季(どき)になると一家で現れ筍の頭の柔らかいところだけ喰ってしまうそうで収穫の一割を肥料代にかけるほど手入れを怠らない主を怒らせる。
四、五本掘るともう腰に来てリタイア。竹林は竹騒と鍬音の他は一切の浮き世の音を絶った別世界である。「筍流し」が雨に変わったところで本日終了。「若い頃、競争して三十分で三十本掘った」勇者と共に山をおりる。
猿に倣って掘りたての先っぽを薄造りの刺身に。「富士錦」の吟醸生(なま)、で先づは乾盃。
さあ、竹の子尽しの始まり始まり。
                           (竹の子、筍、筝、たかんな。季、初夏)

   炯炯(けいけい)と筍鍬を提げ来たる  能章


 
プロフィール

田村能章

俳句も足掛け20年、自然と人間の接点を、明るく挌高く詠じようと、鳥を聴き花を
愛で、酒と肴、お茶と和菓子(要するに両刀)を好み、妻と音楽をこよなく愛する、
還暦直前の能章(のうしょう)です。
 
 
 
 
 
 
 

 

5月某日  全国新酒鑑評会

利酒は、体力と根性だとつくづく実感した日でした。
午前8時30分から延々と午後3時まで、なんと合計、約900本の吟醸酒を利いていたのです。
途中、勿論休憩なし。だって、口(舌)のレベルが違ってくるから。
アルコールで口中が少し痺れたくらいがいいのは、なんだか河豚料理と似ているかも。
午前3時に熊本の自宅を出て、広島から帰ったのは、午後8時でした。とっても疲れまくっていたのですが、神経はピンピン張りつめていて、いろいろな酒の銘柄が、断片的に舌の上に再現してくるようなサイバー感覚状態でした。
「なんでそうまでして利くの?」と言われても、私はやっぱりこう答えるより仕方ありません。「だってそこにいいお酒があるから」