2000年9月29日更新

 

 

[一握の砂]には、明治四十一年夏以降の作五百五十一首が収められている。
啄木二十三歳。生れて初めて酒に親しみ、芸者小奴を知る。
収入は全くなく、極度の生活苦の中で何度も死を思う。
明治四十三年、長男真一、生後まもなく死亡。
『この集の稿本を書肆の手に渡したるは汝の生れたる朝なりき。この集の稿料は汝の薬餌となりたり。而してこの集の見本刷を予の閲したるは汝の火葬の夜なりき。   石川啄木』

 

引用
石川啄木 日本詩人全集8 新潮社より

 

 

 

iroha01-1.gif (32794 バイト)

 

 

1998年 岩波書店



 

 

 

 

 

軽鴨(かるがも、かる)

 

田村能章

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

6月7日、職員駐車場の隣の調整池に突然軽鴨が三羽の子をデビューさせた。
縦20m、横8m、深さ3m余。一隅に寄せた底土に葦や雑草が生え、雑木が一本ひょろっと立って木陰を造っていたので、下がそんな状況になっていたなんて誰も知らなかった。
「ここ餌ないぞ」
確かに水深30cm程の底に生えているものは僅かで、たちまち食い尽くすだろう。野生に餌を与えるのは好ましいことではないが、このままでは先が無い。
調整池は僕の守備範囲、と営繕の岡村さんが乗り出す。

「とりあえずパン」

「いいのかなあ、パンで。鴨は草食だから、まあいいか」

「鴨の親父が怒るんだ。変なもん食うなって、子供を除けるさ。母親は直ぐに食べたけどね。パンの耳は喜ぶけどまん中の柔らかいとこ食わないんだ。弱ったねえ」


「パン屋で耳んとこ売っているよ。たのんでみれば?」

「耳買った。これ旨いねえ。二枚食っちゃった。これなら大丈夫」

「鴨の上前刎ねたんだ」

「親代わりに試食したんだよ。予約もしてきた」

「どっかの役所の屋上で軽鴨が五羽孵って小松菜を刻んでやってるって。夕べのテレビ」

「小松菜かあ。菜っぱならいいんだ。調理場にたのんで来よう。パンにも慣れたから混ぜてやろう」

「岡村ブレンドだね」

「場所決めて毎回同じように呼ぶ。おーい、ごはんだよ。ごはんだよぉ、って。直ぐに一列で来る。よく食べるよ。ははは。沈んだのは尻突き出した変なかっこうで食べる。ありゃ面白い」

「逆立ち捕食って云うんだよ」

「親父がたまに帰って来るけど食わないね。ふん、て顔してさ。また直ぐにどっかへ行っちまう。父親はだめ、子育ては母親だねえ」
「草刈機の音がうるさい、って母親が抗議するんだ。ふっふっふって、くちばし突き出して。子供は草ん中へ入ったままだし。かわいそうだから池のまわりは止めてもらった。僕が手刈する」

7月、台風でひょろ木が倒れても三羽は順調に育っていった。もう親とみまがうほどに。

「今日、母親は一刻どっかへ行ってた。」

「独り立ちさせようとしているんだよ」

「三羽しか来ないんで”お母さんは”って聞いたらビエッビエッて云うからあれは皆子供」

「お母さんなら?」

「グエッグエッだよ」

8月5日、異変が起きた。一羽が見えない。鴉がやけに騒がしい。

「日曜に餌やりに来たときも三羽なんで、”お母さんは”って聞いたらグエッグエッって。子供一羽だめだったかねぇ。金曜日何か元気なくて寄っては来たけど食べなかったもの。今日で三日だしこの暑さだから、だめだったかねぇ、もうちょっとだのにねぇ」

8月10日

「今朝飛んだよ、飛んだ。親に続いて二羽共。じきに帰って来たけど」

空の餌袋ぶら下げて岡村さんが職場まで報告にきた。嬉しそうだがどことなく虚ろ。巣立ちが間近だ。鴨離れ出来るかな、岡村さん。

 軽鴨の母子向き合ふねむりかな  能章

 軽鴨(かるがも、軽鳧、かる、夏鴨)
 季:夏


著者近況

田村能章

夏は苦手ですが春より集中できます。仕事人間なのでどこかで振り戻してやらないと平常心になりません。俳句は心の右端にあって平衡を保ってくれるようです。

 

 



 

葉月 吉日  眠り流し

夕蝉が、時を惜しむかのようにあちこちで鳴いています。それにしても暑い。

三々五々集まってきた地区の人々のうち、御田祭(おんださい)の神輿を担ぐ駕輿丁(かよちょう)と呼ばれる男達の提灯に、火がともり「眠り流し」の始まりです。

アカペラともいうべき男声コーラスで、御田歌(おんだうた)をうたいつつ、一時間余をかけて、国造神社まで練り歩くのですが、途中、御田歌をうたう場所がいくつか決められています。
といっても、今ではなぜそこでうたうことになっているのかも、はっきりしていません。御田歌も口伝えなのだそうです。

独特の節回しと歌詞は、日本国中のいったい、何に例えればわかっていただけるでしょうか。ともかくも、とっても古いものに違いありません。

満天の星の下、提灯の灯りがゆらりゆうらりと揺れています。
御田歌を聞いていると、タイムスリップしてしまいそう。
宮司宅の玄関がもう見えています。

  

 

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